社寺
花の写真は、昭和記念公園 今年の花は、散り際が早く、花の色も少し、 濁っているような気がしました。 5年前のおなじ日に撮った、 某寺の藤の花を見たかったのですが、 全部、枯れていました。 2021年5月2日 秩父 野坂寺の藤 で、金昌寺の大きい草鞋を見学…
5月6日 昭和記念公園で 秩父まで4つの峠を越えて、慈眼寺へ、 鎌倉時代、小さな祠を立てた1234年、 それから250年余、慈眼寺として、 沢山の巡礼者が訪れたと記録があります。 秩父には関所が無いので、1700年半ばは、 江戸辺りからも、船で黒…
昔 平安時代の頃、 京都の清水観音のお告げで、高尚な姫が、 羽州宝沢に出向き、炭焼きの若者と結ばれた。 当時、羽州宝沢は、金や銅、鉄の産地。 妻は亭主に、炭を売った後、 味噌を買ってくるようにと、金貨を渡した。 亭主、道中道草の、真っ只中、 鵜が…
山形県東北芸術工科大学から、車で20分ほどに、 懸け造りの観音堂。 堂宇を支える土台、、好きな造り、懸け造り。 山県市から天童市まで辺り、 社寺巡の人たちには、何泊でもしたくなる土地。 のに、40年くらい前の山形の人たちに、 山形県は何色とアン…
始めて訪れる町の、お寺さん、 下調べの、彫刻が施されてるか、どうかで、 訪れる比重は大きく左右します。 宗教人でない私、 社寺参拝の基本は、どこか、すッとんでいる。 のに、社寺の境内で、時間を過ごしていると、 厳かで、平穏な、気持ちにとらわれる…
江戸時代から日本海を就航した、 北前船は、大阪から3月に出帆する。 瀬戸の渦潮を通り、120カ所ばかりの、 寄港地で商売をしながら、北海道根室まで行く。 北海道では、米や酒、砂糖が人気で、 売り上げで、にしんゃ昆布を買って 薩摩や大阪まで届け、中国…
山形県鶴岡市。 ここは、善寶寺 ぜんぽうじの境内。 江戸時代、北前船の乗組員がお参りし、 今も、海の仕事をする人たちは、 航海の安全を祈り、信仰を集めてるという。 善寶寺の境内は広く、 境内の、高台にある、聖地・貝喰池は、 龍が身を隠した伝承があ…
今日は長いブログ・・けど最後まで 出羽三山・山形県鶴岡市のど真ん中。 江戸の時代では、山伏修験者の宿坊は 336軒が有ったと云われ、今は27軒。 一般の宿泊者用の宿も・・・ 「西の伊勢参り、東の奥参り」の「東の奥参りは」 羽黒山・月山・湯殿山、…
夕方の雨に喜んで、車から飛び出た馬鹿げたことをしたと、思った濡れた服、シートに座ったらどうなるかメダカすくいで転んで、ずぶ濡れの方がまだ、笑えて可愛いけどいい大人、車を止め、雨に踊るなんぞ前後の見境なしまともな人間なら、やらないこんな時は…
身を焦がした恋は、若いころも今も?誰がこんな空にした、今日の空腕も顔も、真っ黒に焦げてロマンの情緒も、へたくれもないつい、やけくそ、歌っちまう♬行かなくちゃ、君に会いに行かなくっちゃけれども、問題は今日の米びつ米が無い、米がないスーパーでは…
空の色で、鳥の鳴き声は変わるという私の影武者、河童も雨の兆しに空を見上げて、嬉々と気勢を上げるこのごろ頭の皿の水も渇水状態 甲羅の輪郭が溶け始めてる判る・・・ウン ‼けど、説教をした泳げない程の雨なら、どうする?間もなく飛び立つチョウトンボも…
昨日の土曜日は仕事7キロの荷物を背負って、5キロばかり歩きえらく、へばって食事の後は爆睡今日は空調服を着て、4キロばかり歩いて荷物は無いのにへばった勿論ブログ投稿にも影響する・・ウン ‼930年ごろ青梅市に平将門が訪れた記録があって青梅市の…
町田市の瑞石山・清水寺(せいすいじ)に1800年代半ば、向拝に彫られた彫刻が、北関東(群馬、茨城、栃木県)見ごたえがあるというので散歩がてら見てきました。5年ぶり、ようやく彫り師の名前が判りました。明治に造られた、彫師たちの系図から藤原正信さ…
八王子市今日は雨。コーヒーを飲みながら、ぼやけた景色を、眺めているのもいいものです。 gooブログに数枚彫刻の絵を、取り込んでます見て頂ければ、と思います。 blog.goo.ne.jp
今日のはてなブログは 昨日、gooブログ投稿した 昭島市の日吉神社の彫刻ですあしからず・・デ・・ス blog.goo.ne.jp
日吉神社 滋賀県大津市にある山王総本宮日吉大社を、 勧請して日本各地に848ヵ所に建立されてる神社。 昭島市の日吉神社を参拝しました。 この地域辺りには、珍しい彫刻を施された神社。 1800年代後半の作品で、 彫刻の題材は、日吉神社のまつわる、 …
昭島市に行った昭島市は米軍基地、横田基地の近くにあり鯨の化石が見つかった地域牡丹桜が咲いてるというので、拝島大師へ出かけたけど、勘弁して・・・境内内、全て許可なくの撮影禁止撮ったのは👇の3枚だけまぁ~ いぃッか
日野市の高幡不動尊の参道の突き当りに、悠然とした大日堂が高幡山の総本山、1779年の業火で焼失し、仮本堂のままだったのを、昭和の終わりごろ、鎌倉建築の様式を取り入れ、愛知県の檜を使って建てたもの。なのに、歴史を感じてしまいます。内陣では、…
👇木造・不動明王と童子、重文。関東地方では唯一の平安時代の作で、素材は、桧木とかやで三尊の重さは1100キロあるといい、千葉県の成田山、埼玉県の玉嶹山總願寺 (不動ヶ岡不動尊) と並ぶ、関東3大不動尊と言われて、ここは日野市の高幡不動尊です。…
1階に秩父34札所、2階に坂東33札所、3階に西国33カ所の、写し観音像を祀って、3階まで右回りの一方通行、さざえの殻のように設えた、群馬県太田市の通称・さざえ堂。正式には、曹源寺栄螺堂。建造年は、1798年で、大工棟梁は地元、町田兵部栄…
青梅市に出かけた際、秋川の段丘上,檜原街道に鎮座している、阿伎留神社を散策しました。平安時代の927年の、延喜式神名帳に載っている、古刹です。神社は、物事が良くなるように願い、願いが叶ったお礼に参拝する、習わしなので、寺院・観音様の参拝と…
大悲願寺、都下のあきる野市、310メートルの天竺山の麓、こんもりした森林に囲まれたお寺に、昔、川遊びの好きな、伊達松宗が、秋川で鮎魚を楽しんだ帰りに立寄り、壮大な萩の花に感動して、どうしても萩を仙台に、咲かせたいと、後日、徳川家康に許され…
昨日は 自宅から40分ばかりところの、あきる野市へ。3ケ月振りに、カメラをぶら提げて、操作は、どうするんだっけ・・などと・・・。けど、最新の写真をブログに投稿できるのは、出来、不出来を度外視して、気が晴れる。3度目の大悲願寺。伊達政宗の手紙…
時間があれば、彫り物師・石川雲蝶が30歳代から移り住んだ、三条市に足を延ばしたかったのですが、限られた3日間の休日だったので、南魚沼市、魚沼市を拠点に、近在の社寺を撮り終え、最後の訪問地は、雪国の南魚沼郡湯沢町土樽の瑞祥庵です。本堂での参拝を…
手を叩くと石段が鳴り響く龍鳴の前、88段の真ん中で、3度の柏手に、龍が鳴かなかった。耳が遠くなったと、納得して、南魚沼市、最後の訪問地、八海山神社。飲んべぇ~の頃、居酒屋の座敷に座って、いの一番の注文は、八海山か高清水。板前は、今日はどっ…
昭和6年、瞬く間に燃え尽きたという、室町時代前期の建築と云われた、浦佐毘沙門天堂、地元民の喪失感を埋めるように、再建の意欲高揚を垣間見る、写真1葉。昭和12年、地元民は堂再建の寄付金集めに奔走し、足りなくなれば亦、寄付金集めに駆け回り、焼…
普光寺の別当に住んでた修行僧が、毘沙門天堂に放火したしたのは、1934年、昭和6年4月26日。坂上田村麻呂が、東夷征討に出向いたときに、国家鎮護のため建立した普光寺、インドの仏工が彫った、「毘沙門天王」を奉祀した807年が草創と伝わってる…
僧尼となって、庵を結んだ藤原娼子は蘇我家から、藤原不比等の正妻になった方。後年は、藤原先妣尼と名乗り、隠遁生活に・・。正確な人物歴史的記録はないものの、701年以前には亡くなってる・・。今は立派な造りの禅寺になってるけど、飛鳥時代、穏やか…
戦国時代、武田信玄が太平洋の塩が閉ざされ、上杉謙信に日本海の塩を送るように進言したのは、ここ、南魚沼市の雲洞(うんとう)庵の、10代・北高全祝禅師という。この地の霊水で人々を救って庵を結んだのは、藤原鎌足の子、藤原不比等の奥さん。その母の…
新潟に骨を埋めた、彫り師・石川雲蝶(1814~1884)20人ほど入れば狭い堂の四面に、天井に彫って彫っての作品群。彫るまでは、幾度も和尚さんからの宗教心を聞き、丸6年、寺に籠って一人。人間、こんなエネルギーどこで養えるのだろう‥と・言葉がありません…